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病を診ずして、病人を診よ

新型コロナウイルス肺炎に関する情報を集めていたら(スパムメールをつかんでしまいえらい目に遭いました)、ある医者のブログ記事を読みました。そこには「病を診て病人を診ていなかった」と書いてありました。

そこで、この言葉の意味を調べてみました。

有志共立東京病院(現在の東京慈恵医科大学付属病院)の設立者である、高木兼寛さんの言葉のようです。他人をいとおしむ心は、精神的に自立した人間でなければ十分に成熟しない。医師が対応するのは『意識』をもった病める人間である。医師たる者は、病人の痛みがわかる、温かい心をもった人間でなければならないという考え方でした。

「病気を診ずして病人を診よ」という言葉にはこのような意味があります。

(参照:みやざき ひむか学ネット

 

「病をみずして」は診断を簡単にしてはならないという意味です。英語のdia-gnostic(=診断)という単語はラテン語で(dia)の認識(gonostic)を意味するもので、これまでの経過(人生)と今後の経過の間の認識が診断ということになります。すなわち今後の経過を人間学的に受容できるメニュー提示ができねばならないし、診断される側の立場を十分に尊重せねばなりません。さらに、障害を障害でないようにする努力をし、それらの努力の上に築かれた信頼関係の中ではじめて診断は許されるのではないでしょうか。それでも診断したことへの責任が生じていることを忘れてはなりません。

 次いで「病人を見よ」というのは症状の結果として出現する生活障害をみのがすなという意味と考えることにしました。  

(1)身だしなみ、(2)生活リズム、(3)疎通性(理解・伝達)、(4)自己表現(主張)、(5)柔軟性、(6)集中力と根気、(7)常識的行動・マナー、(8)対人交流、(9)余暇、(10)役割意識と行動などについて他者からみた客観評価にとどまらず、本人自身の自己評価を十分に取り入れて、それらの障害をなくす努力が必要という視点です。

プライマリ・ケア(身近にあって、何でも相談にのってくれる総合的な医療)を実施するのには患者(利用者)への深い理解と共感が必要であり、密接な信頼関係が前提となります。

(参照:宮崎県医師会

 

医師と患者との関係ですが、これを企業の雇用者と労働者の関係に置き換えてみたらどうでしょうか。

従業員をその場の出来事だけで判断をしないで、そのほかの環境や人柄も見る必要がある。そのためには、雇用者の努力や工夫が必要となる、ということです。

もちろん、労働者も安定して働けるよう、心掛けています。

 

晩年、高木兼寛さんの語る、武士道精神は

 1、自律心(自分で決めたことは名誉をかけて守る)

 2、正直(嘘は言わない、約束は命を賭けて守る)

 3、淡泊(私に奉ぜず、公に奉ずる)

 4、慈悲心(弱い者いじめをしない。敵に対して情を持つ)

だったそうです。

これらは大事はことです。(管理人)